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2018年のお神籤



この年は般若心経換算で1200回くらいしか唱えなかった。おみくじは10枚中2枚しか大吉が出ていない(2017年は13枚中7枚が大吉で53.8%。隔年選手の気持ちがわかる)。2019年までそのペースが継続。2019年はおみくじも4回しか引いていない。でももうすぐ厄年なのでそろそろいいかげん頑張らねばならない。




熱田神宮


2018-1-05

毎回これだ

この時は成人式や節分などお寺のボランティアを
南米に行くため、すっぽかしたからかな

仕方ないんですけどね
自分が行きたいわけじゃない

後記、日本に帰ってきたらモラハラ信者に指摘され
餌をあたえてしまった気分でいっぱいになった




笠寺観音


2018-1-05
中吉
「初めは心配事がありますが
あとはよくなりましょう。
深刻に考えず
慎重にすれば
あとはすべてよくなりましょう。」


バックパッカーで南米に行くことが不安で仕方なかった








ということでペルーに到着






PORKY'S
みたことのないチェーン店
なんか郷愁を誘う








ペルーの海鳥たち
大量にいて

うんこくさかった






ナスカの遺跡






マチュピチュのうさぎ







クスコの画家の方
日本人と言ったら
Tachikawaに行ったことあると言っていた
立川の展覧会に絵を出したらしい
その立川の展覧会の日本語の本を見せてもらった
この人の絵画が本当に載っていた
イポリト・ママニ・キスペという名前らしい






今まで出会った人の名前等が書いてある手帳を見せてもらった
思い出話をスペイン語で延々と聞かせてもらった








これが昔のクスコ








ボリビアのウユニ湖
塩の結晶







マジくそで音楽性が高いと言えよう
ウユニの町がちょうどお祭りだった


動画


この音楽がすごい良かった
マジくそで音楽性が高いと言えよう
3日間くらいやってた
ずっと入り浸った







ペルーの遺跡






ペルーの花








ペルーのピサックの遺跡と虹








ピサックの村にて
売店でお手伝いの男の子






ピサックの村の女の子
アルパカベイビーを抱かせてもらった














レインボーマウンテン
標高5000m超
ここで日本人に会うとはね

高山病にならなくてよかった






夜明けにバスで向かってきたが
ここまでくる途中のバスからの風景が
聖闘士星矢みたいで幻想的だった

そっちのほうが印象に残ってる






ペルー クスコ
宿泊していたホテルの屋上から








クスコとかで買ったアルパカの毛で作られたアルパカ達
まじ気にいっている








OWLTECH製
海外ではUSB給電器が必要だった
スマホは純正以外だと発熱したり動作が怪しくなったりするので
なるべくモノの良さそうなもの







日光東照宮






2018-3-1

南米から成田空港に帰り、
東京に寄り、栃木県の日光東照宮へ

「計画は周到であれ
遅疑逡巡するは禁物である」

まさに僕の計画性。

「同時に軽挙妄動することを慎み
静かに時機の到来するまで辛抱せよ」

勉強になる。



日光二荒山神社










2018-3-2
「これは正直を以つてなすときは何事もよろしいけれど、
まゝ心が違ふことがあつて災を招くことがある兆であります。
自分の心に添はないものも急に捨てると災を招きます。」

「平」
はじめて見た







まだ改修途中。眠り猫はきれいに修繕されていたけど、別の個所の彫刻はまだだった。趣があって好きだけど。




日光東照宮
この神社は広くて全部めぐると一日がかりになる。祈願修行をしている場所はすごくいい声で護摩焚きをしていて迫力があった。でも少し瘴気が強かった。霊障とか厄ではない。異教徒で黄色人種の自分が入ったときの西洋の教会のように重くはならない。人々の願いが重いのかな。でもその瘴気がなかなか身体から抜けず。本殿でも薬師堂でも霊性が上がってこず印象が浅かった。
薬師堂の鳴き龍は、天井の顔のあたりでのみ拍子の音が木霊する。鳴き龍といってもその音が綺麗じゃないとインパクトに欠けるけど、ここはその音色が鈴みたいなので鈴鳴龍と言われるらしい。湿度が高いとよく鳴くみたい。湿度もルームチューニングに必要な要素なんだ。オーディオマニア必見である。
{本音・・・ 日光東照宮で気になったのは、なにか手厳しいところ。お寺の参拝時は神社と違って拍手はしないけど、「薬師堂では拍手は禁止されています」(仏様に手を叩いたら仏様にたいして失礼だから) だとか。神社側と確執でもあるのだろうか?単に作法の違いではないのか?生臭坊主の態度のせいで霊格が落ちているんだろうか。想像が膨らむ。熱心にお祈りしている参拝者から「拍手をするのは失礼ではないか」と苦情が多数あったから26年前から禁止になったらしいが、その熱心にお祈りしている人って熱心に他人を糾弾して祈ってるだけの信者じゃないの?キリスト教徒で言ったら「私は神を知っている」とか言うマウントな奴と同根のケースがある。鳴き龍が鳴くから手を叩く、それが許せない精神性も仏の道から逸脱しているのでは。よっぽど迷惑になるくらいふざけた輩がいたのかな。マニピュレーターのように禁止事項を設けて100%で人をコントロールするではなく、「悪ふざけはしないで下さい」と放任しておけば良いと思う。人は強い意見に弱い。正しい事を言って (モラルとかルールを標榜して) 強く出る人間はその味をしめているのかもしれない。キリストや一休宗純だったらそれを破壊したり揶揄すると思うけど。でも個人ではなく世界遺産だから仕方ないのかもしれない。ちょっとした言動がすぐに大問題になるから。世界遺産になったら霊格は落ちてゆくのかな。そういえばチェコのチェスキークルムロフもそうだった }。









浅草寺


2018-3-2


浅草寺の本堂は出入り自由
日曜日の大祭にも参加させていただいた
本堂内は強いパワーをしている
特に自分がちょっと疲れてる時は
それを強く感じてありがたい








諏訪大社


2018-3-7
末吉





知立神社


2018-6-5
裏面の神の御教えが良かった







岩津天満宮


2018-07-08
大吉




― 神社のパワーは拝殿で神様に向かうと一番濃厚に感じられる。できれば昇殿参拝がいい。お寺も本堂でお経を唱えると感応しやすい。ご焼香を焚くと心身が清められる。―
これは昔からの習わしやおばあちゃんの知恵袋的なものだが、それを既成概念と片づけるのは自己中心性や超越願望からくるもの。超越願望=見下し願望。素直な人はそうするし実直な人はまず実験する。

「鳥居をくぐるとその瞬間から神の力を感じられる、垣根や池でも感じられる、しかし拝殿は単に拝む場所でありパワーを感じる場所ではない」という霊能者?がいたけど、周辺のパワーは本殿・本堂の「おこぼれ」ですけどね。誰かの徳があってそのパワーを受け取る事ができている。おこぼれでも十分すぎるぐらいにありがたいけど。
恵林寺の池のように霊性の高い場所もあり、佇んでいるだけで身を清められる事はあるけど、神様仏様が祀られている本殿ではなく周辺の部分でばかり霊気を感じられて、本殿に面と向かう拝殿ではなにも感じられない…っていうのは、言ってしまえばその人は神仏には受け入れられていないということ。来てくれなくてもいい人。ほんと来ないでほしい。
私はパワーを受け取る目的で拝殿で拝んではいない.. という自己主張なら理解できる。でも「霊能者は拝殿に神を呼び出して来てもらってますけど、一寸霊感が有るくらいじゃムリ」とか言い出してるのを見るとまた二乗の輩が来たかと思いますね。…神を降ろすってイタコとかチャネリングかよ。神主様の役割は?他人の敷地でなにやってんの?と言ってさしあげたくなる。
神様仏様が降りるかどうかは降ろす人の人間性に係わる問題で、霊感とか霊能力の問題ではない。神主様もお寺の門弟様も霊感なんて一言も言わない。
恣意的評価でも許される世界だからか、悟れる風情でダニングクルーガー効果な奴が多すぎる。

おっといけない.. 見ざる聞かざる言わざる..(最後まで言い尽くしたあとで)







熱田神宮


2018-10-28
半吉




猿投神社


2018-11-01
最大金運
(大吉)
金運御籤をはじめて引いた




【 ふ・ろ・く 】

神の意図を読む修練 些細な事も見逃さない

問題:神の意図するものは




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