タイの京都




Wat Sri Donchai
ワットチャイモンコン
気候が言葉とか性格をつくる。スコールの国、しとしとと降る国、降らない国…。日本では「心の温かい人」が好まれて、インドでは「冷たい人」が好まれる。そう中学の英語の教科書に書いてあったのを思い出した。「あなたは冷たい人ね」と褒める。その感覚の違いが掴めない。外国人が日本人の「空気よめ」の空気がわからないみたいに。









自然とはいかに自然なものか、知識で知ることはできない。自分が自然になってこそ、それに溶け込むことができる。自分がそこの人になってこそ、そこの人に溶け込むことができる。でもまぁわからないものはわからない。外国人の人に源氏物語はわからないように。

Chiengmai ワットチャイモンコン本尊
川を眺めているといろんなものが通り過ぎていく






仏様は霊体の医者。霊的なウイルスに感冒したら治してくれる。純粋な人と悟れる人の違いは悪性への免疫力。ジャイナ教では悟れる者を「勝者」というけど悪魔に打ち克てるというニュアンスだろうな。純粋な人は簡単に誑かされる。

ソンテオでドイプイへ向かう。ソンテオの人はすごかった。今日はソンテオ乗ってドイプイに行こうかなーと歩いてたら、観光客の風体のどこを察するのか、表通りに向かう僕を向こうから見つけて、どうだ?と誘ってきた。僕はこの位置から向こうがこちらに気づく事がわかった。ご縁なのかな。外国の人ともご縁って作動するのかな。日本では頻発するけど。昨日知り合った人が今日パチンコで隣同士になった、とかそういう話をよく聞く。












ドイプイへ到着


曼荼羅を説明してくれる店の人
怪しげな鐘を棒でこすって鳴らしてその音が瞑想的だった。神秘的な街だ。




ドイプイのにわとり

ドイプイの街
小さなにわとり




ホースとかバケツはある。

ドイプイの駐車場
屋敷の中に惹かれる
昔住んでいたようななつかしさ





ソンテオの人。
すごい愛嬌があり、優しかった。






ブーピン宮殿の花壇
ブーピン宮殿に行った。お花畑がある。花より団子の僕はそのプラーナを感じることに専念してた。




物語の森
物語のような森





ドイステープ寺院

ワットプラタートドイステープ。 階段の両脇に続いている
ドイステープ寺院へ。格式の高いドイステープにもなるとすごくしっかりした造りをしている。見応え充分。たいてい門番とか寺院の外壁は何やらきんぴかとか漆喰を塗ってあるだけだったりする。日本なら素材を使い分けて配色しそうなところも、全部塗装でいく。チェンマイのおおらかさ・エネルギッシュさ。遥遥来ていることをわかっている深層意識もあってか一日一日見るもの全てが特別だった。
鐘を鳴らせる
アマゾンで見かける猛獣に圧倒される人間のように、森の中で神霊に遭遇したブッデイスト・・・力ある者はそれすら手なづけるがその神霊が自身を超越していることを悟る信仰者は尽くせる限りに丁重な儀式を執り行う。神霊は神威で応じる。そんな発想が浮かぶのは現地ならでは。
清々しく休憩できる チェンマイの街が展望できる ブッダの足



彫刻が細やか。 菩提樹のブッダ ワット・プラ・タートの門番;ガネーシャ
人がオカルトとして片付けるまさにそのことに最大の興味があるファウスト。気功の気はだれにでも知覚可能だがプラーナは不能。おみくじは当たる。

売店にはカルマについての本があった 空がこんなに暗くなるほどのまぶしさだった
金ぴかのストゥーパがすごい。はっきり言って、まぶしい。自分はいつもすぐに本堂(Sim)へと向かう。そこのエネルゲイアを浴びる。ここの本堂では僧侶の方に、笹かなにかの葉っぱで、水をかけてもらえた。

豚の尻尾、まずいジュース お偉いさんが通るときは、隅で待機 貸切一日お世話になりました。おもろかった〜
ドラクエは宗教的なことをよくわかっていると思う。エニックスはブレイン集団なのでマジレスめいた表現はしない。子供の嗅覚にも臭くない。自然と靈は神秘であるゆえ描出が自然のままであれば神秘的になる。

 *「そなたが ここにきたのも カミの おみちびき。
   わが きょうかいに どんな ごようじゃな?」
 *「では カミの みまえで これまでの すべての おこないを こくはく なさい。
   そして このぼうけんのしょに きろくしても いいですかな?」

僧侶はホイミを覚えるとかアンデット系にはニフラムが効くとか黄金の爪を持っていると敵の遭遇率が上がるとか…。僕は仏像を買ってしまった。修行不足だと思う。








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